長渕剛の筋肉wwwwwwwいつからマッチョに目覚めたのか?石野真子との離婚原因はコレ?

長渕剛という人物はなぜそこまで自分の身体を鍛えるのだろうか。

鍛えることに疑問を持っているのではなく、鍛えすぎていることに疑問を持っているのだ。

そもそも歌手に筋肉は必要なのか?

いつから肉体改造に目覚め始めたのか?

石野真子との離婚原因はその筋肉にあったのではという声までも。

その必要以上の筋肉の実態について調査してみた。




長渕剛の筋肉プロフィール

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長渕剛の肉体を手に入れようと思っても並大抵の努力では身に付かない。

それはこの筋肉を見れば分かることだろう。

長渕剛がまず起きたらやることは、筋トレ。

2時間みっちり自宅備え付けのジムで朝食を食べずにトレーニング。

そして炭水化物の摂取は1日80gまでと決めている。

炭水化物は体にダイレクトに影響を与える成分であるからというが、80gといったらご飯一杯(140g)にも満たない。

魚、野菜メインの食生活を徹底している。

これは夜寝る前まで続く。

本人曰わく、

余力を残した状態で1日を終わりたくない。

極限状態まで体をいじめた後、倒れ込むように眠るのだとか。

カッコいいが絶対に真似したくない。

この筋肉生活は長渕が30歳後半頃から始めた。

逆にそれまではモデル体系のスマートな体系だった。

ミリオン「乾杯」のジャケット写真なので
トレーニングを始める1年前くらい。若いですね・・・

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それが40以降になると、こうなる…

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どんなマジックをしたらここまで変われるのか…。

私はどんなに強い動機があってもここまでの肉体を手に入れたいとは思わない…。

なぜ彼は筋肉にこだわり始めたのか

彼は元々痩せ型の好青年というイメージが強かった。

しかし、ある経験が彼の筋肉魂に火をつけた。

それは8枚目のアルバム「HUNGRY」全国ツアー。
当時31歳。

ツアー途中から体調が優れず全40公演のうち20しか回ることができず、最後はドクターストップでツアーを中断した。

デブは敗北だ

彼は自分の体を見直し始め、1にも2にも体のことを考えるようになった。
(冒頭説明した今のトレーニングが本当に体の為になっているかは定かではない…)

ツアーを中断してからは重度の鬱病にかかり、「自問自答の年」と振り返っている。

これが長渕剛をガチムチ筋肉体型にさせたきっかけだ。

石野真子との結婚は1981年、離婚は1983年、ツアーは1985年、そこから鬱にかかり、1987年ドラマをきっかけに志穂美悦子と再婚、そこから乾杯、とんぼ、RUN、などミリオンセラーを叩き出し、徐々に今の筋肉体型に近づいた音楽スタイルと風貌になっていった。

石野真子、志穂美悦子、両者との関係の中でトレーニングが問題となるようなことはなかったみたいだが、長渕剛という男は意外にも「傷つきやすい」性格だったのかもしれない。

あるきっかけで急に体を鍛え出したり、
身形を気に出したりするのは、
ミッド・ライフ・クラシスという現象だ。

ミッド・ライフ・クラシス

プライドが高い人だったり、過去に栄光を持つ人はその症状が現れやすい。

分かりやすい例でいうと清原和博、松本人志、

老いへの恐怖
孤独への恐怖
死への恐怖

頭は若かった自分のままなのでそのギャップを感じてしまうとひどく鬱状態になる。

石野真子が長渕剛を支えられなかったのか、それは分からないが、少なくとも当時の彼は満たされていなかった。

つまり長渕剛の筋肉、今の生活スタイルの基礎を作ったのは石野真子なのかもしれない…。