独裁者ポル・ポトのマジキチ政治を解説【池上彰解説塾】

「たとえ親であっても社会の毒と思えば微笑んで殺せ。」
「腐ったリンゴは、箱ごと捨てろ。」
「知識人は邪魔。無知で貧乏で純粋な農民が最も改造しやすい。」
「国を指導する我々以外の知識人層は自国には不要」
独裁者ポル・ポト名言集

11/3文化の日になんとポル・ポトの特集が放送されるというので、そのマジキチ政治についてまとめてみた。




独裁者 ポル・ポト

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ポル・ポトのマジキチ政治について知りたい方は下へ読み進めて下さい。

ポルポトのマジキチ政治

①地雷王国

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ポル・ポトの趣味はお散歩。

何しに行くかというと通った道に地雷を埋めること。

これによって他国からの侵略を防ぐ効果が多少なりにはあったが、自国民の大量虐殺にもつながり、また未だに地雷の回収は終わらずポルトガルが先進できない要因にもなっている。

カンボジア国内に埋まっている地雷の数は600万個
(※http://www.geocities.co.jp/NatureLand/6234/mines/mine011.html

②知識人大量虐殺

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ポル・ポトはとにかく知識人を嫌った。

理由は、「めんどくさい」から。

知識人は余計な知識が多すぎるし、金持ちは財産に未練があるので「改造」には適さない。最も改造しやすいのは、捨てるものが何もなく、知識もない、貧乏で純粋な農民や底辺の労働者だ。
ポルポトの死:「共産主義」とは何だったのか

この理論でまず
医師・学者・芸術家・教師、そして外国語ができる者を全員処刑した。
またモグリがいる可能性も考慮に入れメガネをかけてる者もとりあえず処刑した。

知識人を虐殺する理由はいくつかあるが、
第一は伝統的な文化の崩壊が狙いだった。

つまり、伝統的な文化を知る者、外国語ができる者を殺してしまえば、その文化や習慣が諸外国に伝わることが無い。

学校・病院・宗教、そして結婚制度も廃止、家族も引き裂き、心の拠り所を全て壊した。

こうして洗脳のための環境を作り上げたのだ。

③貨幣制度の廃止、私有財産の没収

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貨幣は富の蓄積を生み、貧富の差を拡大するという理由で廃止され、国民は物々交換で政治活動を行なうことを強要された。そして農業を国の産業にとするので都市は不要とされプノンペンなどの都市は農村に強制移住させられた。まさに原始共産主義への逆戻りであった。
ポル・ポトという悪夢

一見平等と思える政策も(見えないか)、全ては自分よりも優位に立つ人間が生まれてこないようにするための政策。

④被密告者処刑制度

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ポル・ポトの支配下から逃れようとする者、ポル・ポトの管理下に無いところでコソコソしている人間は全て処刑するというキチガイ政策。

「○○が武器を所有していました」
「○○らがグループを作っていました」
「○○が逃げる準備をしていました」

こういった者は即座に処刑。他にも、

「○○が仕事をサボっていました」
「○○が遊んでいました(娯楽・歌・遊戯は禁止)」
「○○と○○がデキています」

つまり、“チクった者勝ち”、証拠も不要

全てはポル・ポトの支配から逃れられないようにするため。

⑤子供政策

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ポル・ポトは積極的に子供を社会的に重要なポジションつかせた。

理由は、色に染まっていないから。

つまり、無駄な知識が入っていないためポル・ポト自身を神格化させる洗脳には大変効率的なのだ。

牢屋の看守も子供
スパイも子供
大人を殺すのも子供
そして、医者も子供…

傷ついた兵士ら、悪環境の中体調を壊す農民ら、当然向かう先は病院だ。
しかしそこで診察してくれる医者は子供だ。

これほど恐ろしいことがあるだろうか…。

マジキチ政策まとめ

政策が始まる1975年の人口ピラミッドは次のとおり。

kan1975

政策が実行されポル・ポトが政権を握っていたのはわずか4年と短いが、この短期間で人口は実に100万人以上減った。

その後のカンボジアの経済成長の遅れの原因になっていることは言うまでもない。

kan1980

もともと毎年100万人以上の規模で人口が増加していた国で、逆の現象が起きるというの人為的な人口調整がなければ起き得ないこと。

人1人で国をも変えてしまう、ポル・ポトの恐ろしさがお分かり頂けただろうか。

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